「住み開き」で
まちとつながる
京町家まちづくりファンド 助成実績紹介エッセイ vol.06 / 2021-12-15
清水寺に向かう観光客でいつも賑やかな東山五条界隈。五条通から細い道に入ると静かな住宅街が広がっています。この辺りには、京焼の伝統を受け継ぐ陶芸家の自宅や工房が数多く残っています。
その一角、河井寬次郎記念館の斜向かいに、一軒の京町家があります。親子二代にわたって京焼に従事した八田蘇谷氏の住まい兼工房でした。
この京町家は、令和2年度の京町家まちづくりファンド改修助成事業に選定され、二代蘇谷氏の長女、八田さんが抜本的な改修を行い、定年退職後にギャラリー、カフェを運営されています。八田さんは、ご自身が暮らす京町家を「住み開き」することで地域とつながりたいと考え、五条坂界隈の景観を構成する京町家を残す決断をされました。 思い出のある住まいをご近所の人たちが立ち寄る場所として開放し、地域のコミュニティ維持に貢献していらっしゃる様子を取材しました。
■ 利益追求だけでなく、納得できることを
「これは、運命の出会いやったな」
紅葉が見頃を迎えた11月下旬の朝。女性2人連れが運ばれてきた朝食を前に、笑顔でうなずき合っていた。
町家カフェ「蘇谷 sokoku」は、若宮八幡宮社正面の交差点を南へ60メートルほど下がった西側にある。車1台がやっと通れる細い道に面し、五条通のすぐそばとは思えない静けさだ。張り替えて間もない無垢の板がすがすがしい。
格子戸を開けて中に入ると、土間の両側にある展示棚に、つややかな青緑色をした青磁の作品が並んでいた。その中に、裃姿が凛々しい二代蘇谷氏の写真があった。寒い朝だが、小さな石油ストーブが置かれ、ぽかぽかと暖かい。
ここで出される朝食は、二代蘇谷氏の長女、八田さんと、料理が得意な幼馴染が作っている。コンセプトは「京都の親戚のおうちご飯」である。ごはん、サワラの幽庵焼き、瓢(ひさご)卵焼き、ほうれん草と食用菊のお浸し、干し柿なます、実だくさんのお味噌汁、ちりめん山椒と昆布を炊いたごはんのお供。食後のデザートに、自家製のあんこ、青磁の急須に入ったお茶がつく。
八田さんはこのカフェを「茶みせ」と呼ぶ。最初は甘酒やあんみつ、日本茶を出す予定だったが、近所の人たちに「コーヒーも飲みたい」とリクエストされ、メニューに加えた。
八田さんは会社員だった頃、毎日忙しく、食生活も不規則だったという。「定年退職後は利益の追求だけではなく、自分が納得できることをしながら、地域と向き合いたいと考えました」という。
だから、朝食を出す時は、昆布とシイタケを湯に入れ、時間をかけてだしをとる。台所で出た生ごみは、土を使った生ごみ処理機に入れ、たい肥にして庭の植物に与える。「今の生活の良いところは、時間に縛られないこと。地域の人や友人と団欒する時間を大切に、ゆっくりしたペースで暮らしています」 ヒノキのテーブルを前に、窓から庭を眺め、時間をかけて朝食を味わうと、祖父母の家に遊びに来たような懐かしい感じがした。
■ 庭の小さな自然に癒されて
この建物には、近代の清水焼・陶業を支えた五条坂地域の歴史が刻まれている。
八田さんの祖父にあたる初代蘇谷氏は金沢市出身。青磁を得意とした京焼の大家、初代諏訪蘇山氏に師事し、息子が後を継いで二代蘇谷になった。初代が借りていたこの家を、二代が購入し、八田さんが相続した。
大正時代に平屋として建てられ、昭和初期頃までに1階通り側と2階が改築されたようだ。かつては家の中の細工場にろくろを置き、近所にあった共同の登り窯で作品を焼いた。玄関を入った所にある三畳間の下には、二代蘇谷氏が中学生の時に掘った防空壕が残っている。
八田さんは生まれてからずっと、ここで暮らしてきた。子どもの頃は2階で寝起きした。冬は室内でもダウンで過ごすほど寒かったが、晴れた日は窓からの日差しが暖かく、夏は裏庭から玄関庭へ風が通って快適だった。この家から会社に通い、趣味や習い事を楽しみ、祖母と両親を介護し、そして看取った。
八田さん自身も、定年退職の日が近づいてきた。
「この家は、自分1人で住むには広すぎる。個人の住宅として鍵をかけたままにしてはもったいない。お世話になった近所の方々が気軽に立ち寄れる所にしたい」
京町家まちづくりファンドを活用して外観の改修を行い、耐震補強や断熱を施し、自分が生活する場所と、ギャラリー、カフェに分けて改修を行うことにした。
家には蘇谷氏の作品が大量に残っている。土間に香炉のふたや皿を埋め込んだり、茶巾筒を並べて土壁のアクセントにしたり。父や祖父の姿を思い出し、暮らしの中に仕事があった日常を表現した。作品の整理は、近所の人や友人が手伝ってくれた。
かつて仏間だった部屋には座敷机を置き、町内の会合で使えるようにした。書道、短歌などのお稽古やワークショップへの貸し出しも考えている。
カフェスペースは、かつて押し入れと浴室だった。本来なら日の目を見ない場所だが、担当した設計士が縁側からの眺めを気に入り、お茶を飲むならここしかない、と推した。
庭には山茶花やツワブキの花が咲き、野鳥が飛んでくる。軒先で干し柿もつくっている。ミカンを食べにくるメジロの家も新築した。
静かな時間を過ごしてほしいので、BGMは流さない。
「風が葉を揺らす音を味わってもらいたんです」
【終】
蘇谷 sokoku 京都市東山区渋谷通り東大路西入鐘鋳町392-1。朝ごはん(1500円)の営業は土日の8:30~12:00。ラストオーダーは11:30。予約優先。075-561-8147 @sokoku2020
ニュースレター「京まち工房」97号
(PDFダウンロード)
当財団で発行するニュースレター「京まち工房」97号にて、八田邸をご紹介しています。
表紙では、グレゴリ青山さんによる連載「京都人(グ)の京都知らず」にて、「京町家で朝食を」と題して、八田邸を題材に漫画にしていただいている他、P4でも写真と合わせて改修の経緯等をご紹介しています。
ぜひこちらも合わせてご覧ください。
この記事に登場する『八田邸』の空間と文化を次の時代に受け継ぐため、京町家まちづくりファンドが資金面を支援し、外観改修工事を行いました。
こうした京町家を1軒でも多く残していくために、当ファンドは皆さまからのご寄附を募集しています。