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15 蓮華蔵町の長屋 守破離

15 蓮華蔵町の長屋 守破離

井上功さん(京都・イノベーション・ハブ「守破離」 所有者)

 平安神宮や美術館から徒歩圏内、冷泉通から少し南に下ったところに四軒長屋の京町家を繋げた「守破離」があります。現在イノベーション人材開発のお仕事をしながら、守破離を住居兼ワークショップ施設として活用されている井上功さんにお話を伺いました。

右:井上功さん、左:奥様の恵美子さんと愛犬のショコラ

1. 旅先から拠点へ

 京都は元から好きな場所だったという井上さん。娘さんの大学進学をきっかけに、京都が第二の拠点となりました。京都に気軽に足を運べるようになり、あちこちで見かける京町家にも興味を抱くようになったそうです。ご一家の拠点としつつ、せっかくなら活用もしてみたいとの思いで、京町家を探し始めたそうです。当初はゲストハウスとしての活用を検討されていましたが、この蓮華蔵町の長屋を見つけたころに突如、新型コロナの大流行が始まりました。ゲストハウスは断念せざるを得ない状況となり、ワークショップをおこなう場としての活用に変更されました。ご自身の得意を活かし、ワークショップを主催できるとのお考えからです。

ワークショップなどで使われるスクリーンはどの席からもよく見える。

 

2. 「新結合」が生まれる創造の場

 イノベーション人材開発でキーワードとなるのが「新結合」なのだそうです。それは人と人、ものとものの新たな出会いが、新しい何かを生み出すという考え方です。守破離で一番印象的なのが、庭へと繋がる大きな開口部です。土間と繋がる庭には、季節ごとに変化を楽しめるよう約60種の植物が植えられており、見るたびに新たな発見を与えてくれるそうです。また、四軒長屋を繋げた大空間は、時の流れがゆるやかで、ゆとりと余裕を感じさせます。閉じていては新しいものに出会えない、あそびや余裕が刺激となってアイデアが生まれる、そんな思いからこの開放感のある空間を作られたそうです。オフィスビルと異なり、自然を身近に感じる町家は、ほどよく肩の力を抜いて、侃侃諤諤かんかんがくがく、わいわいがやがやと議論し創造する場として、最適なのではないでしょうか。

土間から庭へとつながる開口部

 

紅く色づく千両が、冬の庭を彩る。

 

3. 共につくる

 設計だけでなくインテリアについても、何度も話し合ったというこの守破離。新築ではなく町家を再生しているため、積み重ねてきた時間を感じられるように古材を利用しています。一部に残る改修前の壁と、特注の角テーブルや椅子、アンティークの丸テーブルが上手く調和しています。また、プロジェクターやスクリーンなどワークショップ施設として求められるハード面は勿論、どんな空間が新たなものを生み出す場となるかについても話合いを重ねられました。

特注のテーブルと揃いの脚を取り付けたアンティークの棚

 

吹き抜けの奥に見える二階は居住スペース

 

 井上さんのワークショップに対する考えを汲みとり、形にされた魚谷繁礼建築研究所の魚谷さんから、設計意図について解説いただきました。

「井上さんからは、住居部に併設するかたちで、議論により創造される場が求められました。この長屋に用いられている木材の多くは、おそらくは他の町家や水車などで用いられたものが転用されたものです。それ以前は、もちろん森の木でした。土壁は地面の土でした。
 この長屋は、建築されてから幾度かの改修を経て現代に至りました。そして今回の改修を経て、50年後100年後と改修が繰り返されるだろうことを意識しました。またいつか土壁の土は大地に還っていくことでしょう。
 そのような今回の改修において、敢えて自然素材とは言い難いコンクリートのヴォリュームを、あたかも元からそこにあったかのように挿入しています。このコンクリートのヴォリュームにより、建物全体が構造的に保持されています。つまり構造的にはまずこのコンクリートのヴォリュームがあって、そこに木の軸組みが架けられ、そして屋根や壁や床が張られていると言えます。そのコンクリートは、一部、既存の土壁を型枠にして打設されています。何十年か先、この土壁が崩落してくると、その奥からコンクリートの壁が現れます。そのコンクリートは土壁から転写された肌合をしているでしょう。
 古いものと新しいものを対比させるような一義的かつ二項対立的な空間でなく、多様な時間を帯びたものが幾重にも積層され、古い新しいの概念がときに逆転するような多義的な空間を考えました。この場所を施主は「守破離」と名付けました。この闇と光と庭の緑と、ときには時間までも交錯するような空間で、議論が重ねられ熟成され、新しい未来が創出されることを期待します。」

コンクリートの壁に囲まれた和室と、再利用された柱

 

時の流れを感じさせる壁

 

4. 今後について

 新型コロナの影響もあり本格始動はこれからのようですが、ワークショップ以外の活用も検討されているそうです。思い浮かべられているのは、新製品発表会やインバウンドのツアー拠点、記者会見やウエディングの展示会など、仕切りの無い大空間ならではの活用法です。また、併設されているキッチンや、大空間と繋がる庭もイベントで活用していきたいと、夢は膨らみます。60代を走り切ったら、70代を緩やかに過ごすために、新たな使い方に合わせたさらなる改修もありうるとか。使い方や生活様式に合わせて変化できる寛容性もまた、町家の魅力ですね。

日常的な庭の手入れは恵美子さんがされている。

 

様々なことを、気さくにお話しいただいた。

 

*守破離 日本の茶道や武道などの芸道・芸術における師弟関係のあり方の一つであり、それらの修業における過程を示している。もとは千利休の訓をまとめた『利休道歌』にある、「規矩作法守り尽くして破るとも離るるとても本を忘るな」を引用したもの。転じて、専門性を有した人たちが集まり、自己の殻を破り、繋がって、新しい価値を創造する場のイメージ。

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