オクは住居、オモテは店舗、
元御茶屋で、幕末の志士たちも客として通っていた京町家
平成27年度 京都を彩る建物や庭園 選定
四条通に面する京町家を改修され、オモテを店舗、オクを住まいとしている市村邸のご紹介です。京都市景観・まちづくりセンターにご相談に来られて改修につながった建物です。代々受け継がれてきた京町家改修のきっかけとこだわりについて市村三吾さんにお話しを伺いました。
所有者の市村さん(右)と井筒八ッ橋 小仲さん(左)
祖先から代々継いできた明治期に建てられた町家です。元々は御茶屋で、幕末の志士たちも客として通っていたと聞いています。今も2階には細かな御茶屋格子が残っています。明治40年から履物屋さんにお貸ししていましたが、約100年ぶりに戻ってきました。当初は建て替えも考えましたが、箱階段があるのを見て、改修をすることに決めました。というのも、生家も京町家で同じような箱階段があったこと、すでに取り壊した後で残念に感じていたことを思い出したのです。また、四条通の町家が少なくなってきていることも、この町家を残したいというきっかけになりました。
改修後の外観、2階には細かな御茶屋格子
まちセンの町家相談のつながりから京町家に詳しい大工さんや建築士さんと知り合い、改修を依頼しました。設計前の調査で、2階の羽根木は材木を運んできた舟を漕ぐための櫂を使っていること、「市村」の焼印がある柱がみつかるなど、新たな発見ばかりでとても引き込まれました。また、大工さんのこだわりと高い技術に触れたことで、京町家への関心が深まるとともに自身のこだわりも強まり、気付けば互いのこだわりが詰まった京町家となりました。そのようなやり取りのなかで、伝統建築を残すこととともに、それらに携わる職人さんたちの技術も継承していかなければならないと感じています。
接ぎ替えた梁と柱、伝えなければならない職人の技術
日の光を取り込む天窓
建築士さんいわく、構造改修が大変だったそうです。店舗時代の改修時に、人見梁・通し柱が切られていたので、それを入れ替え、接ぎ替えしました。金物を使わず込み栓を使う工法です。土壁は古い土を落とし、竹小舞を修復して塗り替えました。覆われていたものをめくるごとに新たな発見があり、古材を大切に使い、技術をつないでいくことへの想いを強くしました。
オモテの店舗スペース
改修時から、オクは住居、オモテは店舗として貸す予定でした。立地が良いため引き合いも多くありましたが、せっかく丁寧に改修した町家なので、雰囲気を生かし、また私の意向を充分に受け止めてくれる方にお貸ししたいと考えていました。そして、かねてより知り合いでもあった井筒八ッ橋さんに出店してもらうことになりました。
省スペースのために考えられた京町家特有の箱階段
出店が決まった後にわかったことなのですが、改修してくださった大工さん筋の方と井筒八ッ橋さんもつながりがあり、また、まちセンの京町家まちづくりファンドへも寄附付き商品を提供しておられると伺い、京町家のつなぐご縁がここにもありました。隣の路地奥にも所有の町家があるので、今後も多くの方にご協力いただきながら改修して活用、継承していくつもりです。